【つぶや記】海上自衛隊、入隊!①

ブログを始めてから約2か月弱。これまで起業関係について、10記事公開することがてきました。パチパチパチ。まだまだ、ブログらしいコンテンツになっていませんが(笑)、のんた~ぼ夫婦のブログ(今のところ夫しか書いてません笑)を通して、読んでいただいた方への有益な情報になればうれしいです。

本業の傍ら家事や起業に向けた活動などをしながら、こうやってブログを書けるようになったのは、テレビを捨てたことと、休日に一週間分の料理を作ることでした。もちろん、妻の支えがあってこそですが。

テレビは、子供の頃からずっと生活の一部で当たり前な存在。なかなか捨てることに抵抗感や違和感がありました。「あ~大好きな大河ドラマが、、出川さんの電動バイクの旅とか見れなくなっちゃう、、」と、切なくなり、捨てたときは、心に穴がぽっかり空いた感じになりました。

でも、捨ててからは、「あれ、なんで今まで見てたんだろう」と、テレビに対して冷めてることに気づきました。もしかして、大好きな大河ドラマ!と、言ってたけど、実際は好きと思える番組は何かないかな~と、ネットサーフィンするように探し続けていたんだなと。もしかしたら、、有益な時間ではなかったかもしれません。

一週間分の料理を作る理由はブログをする時間確保以外に、平日の家事を減らす、夫婦の負担を減らすことでした。私は元調理師なので、料理を作ることは、苦ではなく、毎回ではないけど、妻からおいしいと言ってもらえるのがうれしいし、何より夫婦の有益な時間確保になり、その時間でリベラルアーツ大学の両学長のお金の勉強(YouTube動画)をして、習ったことを行動に移しています。加えて、どんな料理を作っているかは、今後ブログやツイッターで発信していきますね。

夫のつぶや記とは?

前置きが長くなりましたが、「夫のつぶや記」では、主に自分の趣味や特技、これまで経験した仕事やプライベートについて、つぶやていきます。

いきなりですが、正直私は、学生時代や社会人になってから、物事を仲間と決めるときに、その仲間と考えや意見が合う人がいなくて、孤独を感じ、自分は世間との常識から外れているのかな、、と思うことが多々あり、少し生きづらさを抱えていました。世の中の常識と呼ばれるものを大切にしている人たちからすると、私の考えや意見に沿った言葉が理解されないことも実際多いです。でも今は、大勢の人の理解が得られなくても、少数の思いを同じくする方々と有益な情報を交換しながら、励まし合って生きていく!これに尽きる。もう少しで40歳になるけど、人生これから!これから!

今回は、、過去に経験してきた仕事の中で、海上自衛官に入隊するまでを想起していきます。

就職活動から入隊へ

高校三年生、就職活動が始まったのが夏が過ぎた頃だった、、。

父親の仕事は、大工さんで、たまにお手伝いをしていたのもあって、「作ること」に関して、少し興味はあった。大工さんに関連して、、よくハウスメーカーや企業の一階にありそうで、ガラスケースに入っている家や公園などの模型作る模型製作者。とか、服が好きだったので、デパートの紳士売り場で働く販売員もいいなぁと、でも、はっきりしていたことは、人の役に立つ仕事がしたいなと考えていた。

まず模型製作者になるには、専門学校に進学しなきゃと思って、親に言ったら即却下。なぜなら、学費を捻出するお金がないから行かせられないそうだ。確かに家にはお金に余裕はない。現実を突きつけられて、子供心にグサッときたのは今も覚えている。さあ、どうしよう。服の販売員の方は、給料が低く、昇給の見込みがないので、将来に希望は持てなく断念した。

当時は、就職氷河期真っ只中。県内の高卒の求人倍率は大きく下がり0.60%以下に突入。

就職活動に、途方に暮れる高校三年の二学期が始まったところで、同じクラスのY君が海上自衛官採用試験のパンフレットを持って、友達に自衛官について自慢気に語っていた。「Y君、採用試験受けるんだ、ふーん」くらいしか思っていなかったが、、間接的に他の友達からY君の語りが耳に入ってくる。自衛官には色んな職種があると。

「自衛官って上下関係とか訓練厳しそうだし、、採用されてもやっていく自信ないわ~、」、「でも、もし採用され、部隊見学をする中で、やってみたい職種が見つかるかもしれない」と思い、とりあえずな感じで、採用試験に向けて勉強を始めた。また、県内から出ず、住み慣れた地元で働きたいので、採用試験を他にオートバックスの販売員も併せて応募することも考えていた。

試験は、2等陸海空士(現在は自衛官候補生)という、任期付きの試験と、非任期で会社で言う正社員になれる曹候補士(現在は廃止)を受けた。試験内容は、前者が中卒レベル、後者は高卒レベルの学力試験と、400文字程度の所感文、面接があった。

私の学力は、中学の中間、期末試験は下から3番目になったり、高校在学中も真ん中から下の位置にいたりと、決して頭は良くなく、部活と遊びに夢中な学生生活を送っていた。

今でも記憶に残っているのは面接試験笑。面接は独特なもので、部屋に入るときは、「入ります!」で出るときは、「帰ります!」が常識であり。面接官に例えば、志望理由は?と聞かれると、こちらは建物内が響き渡るぐらい大きな声で「例:実力次第で昇任することができるから、です!!」と、ですの手前を一拍溜めてから「です!!」と、強調しつつ、これでもかと言うぐらいで伝えることが採用せれる秘訣のようだった。旧日本海軍の伝統を継ぐ海上自衛隊なので、その辺はとても重んじられているようだった。

試験結果

二つの試験とも落ちた。

「さあさあ、次はオートバックスだぁ」と、即切り替えていた。でも、試験自体は一生懸命やった、反面、正直自衛官採用試験は落ちたかった。単純に全く興味がなく、自衛官ってカッコいいとか、日本を守りたいって壮大なこと考えられず、ただその場しのぎでしかなかった。

高三の冬。授業後に、自動車学校に通うようになった。オートバックスも落ち、父親の仕事の見習いをするか、また他の採用試験を受ける予定だった。

ある日、自動車学校に私宛に電話があった。電話をとると、自衛隊採用試験でお世話になった地方連絡事務所(現在は地方協力本部地域事務所)の方からであった。

「〇〇君?(私)、任期制の方で、欠員出たから、繰上りで採用できるけど〇〇君どう?」

おい!!? 頭が真っ白、、。

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